わたしを生まれてからずっと閉じ込めていたこの部屋から出られるのは、十三回目の誕生日の朝だった。となればそれなりに歓びを持つべきなのだろうか。
 わたしは歩くことができない。食べることも眠ることもただ生命を維持しているだけの行為であるから、わたしに許されたのは祈ることだけだ。けれども人間を造る感情というものはどこかで存在するらしく、たとえば殴られたら痛いと感じるし、繰り返し問われる声も厭わしいとおもう。神子とは人間が器なだけで中身はただのガラクタにすぎない。もっとも、わたしは明日、神子ではなくなってしまうのだけれど。
 冷えた床にそのまま転がされていたわたしを起こす手がある。肉の付いていない平たい身体を撫でつける指もまた冷たく、しかし修道女の双眸は微笑みを描いていた。
「悔い改めなさい。神はあなたを見ておられますよ」
 修道女がわたしを好いていることは知っていた。これは最後の機会なのだろう。けれど、わたしのこたえは決まっている。
「いいえ」
 いきなり平手が飛んできた。したたかに頭を打ち付けたわたしに修道女は痛罵をする。容赦のない暴力は修道女の気がすむまで耐えるしかなかった。そのうちに意識は途切れていたらしい。わたしは次に菫青石の色を見た。わたしとおなじ眸の色。それは、背徳の証だ。
「おまえは明日、嘘を言ってはいけないよ。本当のことだけをはなしなさい」
 灰色になったわたしの髪を梳かすその指はわたしを人間にしてくれた。そのうすい唇はわたしに快楽を教えて、そうしてわたしを愛してくれた。
「ええ、おっしゃるとおりにします。だから、もう一度わたしを……」
 おねえさま、と。つぶやいた声はきっと届かなかっただろう。その翌日、わたしは十三回目の嘘を口にする。神子の肉体が炎に包まれたとき、憐憫と怨嗟の眼差しのなかでただ一人、わたしのあいするひとは嗤っていた。


十三回目の嘘

inserted by FC2 system