六章 あるべき場所へ

死闘

 彼の青髪は海の色と良く似ている。青玉石の瞳は、マイア王家の子に等しく受け継がれる色だ。その右手に王笏は掲げられてはいなかったものの、容貌はまさしく王のそれであり、誰もが疑いもせずに突然に現れた要人をアナクレオン・ギル・マイアと認める。ブレイヴもそうだ。呼吸を殺して、瞬くこともないままに、その人を見つめていた。
「何をしている? 王の前ぞ」
 一人が即座に下乗した。他の者も地面に額を押し付けて平身低頭をする。ブレイヴも彼らと同様に膝を折った。考える余裕もなく、反射的にそうしていた。王はしばらくその光景を満足そうに笑んでいたが、聖騎士の前へと立った。髪を鷲掴みにされて長靴で踏みつけられようとも、ブレイヴは顔をあげることは許されなかった。そうだ。ブレイヴはイレスダートの聖騎士である前に叛逆者なのだ。
 ところが、王はブレイヴを前にしても何もしなかった。正式な軍法会議を待たずとも、ブレイヴはその場で首を斬られてもおかしくはない罪人だ。王自らの手で断罪が下されるのであれば、騎士としてこれ以上ない誉であると言う者も、あるいはいるのかもしれない。そういった美徳などブレイヴには理解ができなかったが、しかしいまこの状況下において、それが叶うのならばまた本望だと、そう思いはじめてもいる。許されるのであらば、己の命など惜しくはない、と。
「考え直してはもらえまいか?」
 幼少の頃からアナクレオンという人を知っているブレイヴだ。汚い言葉を用いて罵倒するような人ではないと、わかってはいた。とはいえ、王家に剣を向けたブレイヴは恨み言のひとつやふたつ吐かれる覚悟でいた。冷静で理知的なアナクレオンであっても、彼もまた人なのだ。
「これはイレスダートの未来のためなのだ。ルダもアストレアも協力してくれまいか?」
 衝動的に顔をあげそうになったが、理性でそれを留めた。なにを、と。ブレイヴの声は唇の動きだけで外へは出ていかない。
「北のルドラスと南のイレスダートと、この長い戦争を終わらせようではないか。……戦ってくれるな? イレスダートのために」
 言葉を、違和感をブレイヴは押し殺す。戦争に使うためにルダとアストレア、それから他の公国をも手に入れるならば、間接的なやり方をせずとも簡単にできたはずだ。それに、ブレイヴは信じていた。いや、信じていたかったのだ。王を、アナクレオンというひとを。
「とはいえ、それだけでは民は納得しないだろう。聖騎士であるお前が贄となるのだ」
 けれども、これは王の声なのだ。王命に騎士は従わなければならない。アナクレオン・ギル・マイアは、彼らにとって唯一の王であった。ところが――。
「やめなさい」
 凛とした声音が届いた。いつ来ていたのだろう。ブレイヴの隣にはレオナがいる。傍付きも護衛も必要としない王女の挙措で、王と対峙している。それは実に一年振りの兄妹の再会だった。王は両の手を広げて妹を迎えた。
「おお、我が妹よ。よく戻ってきてくれた。広い世界を見てわかっただろう? お前も聖騎士を説得して、」
「黙りなさい。それ以上、兄を侮辱することはわたしが許しません」
 演出にしては大袈裟に感じる。彼女が怒っているのも当然かもしれない。王はごく自然に言葉を吐いたが、兄を間近で見てきたレオナはその言動を見逃したりはしない。いま、ただしさを声にできるのも彼女だけだ。
「これは異なことを言う。私はお前の兄ぞ」
「あなたは兄上じゃない。あなたは……、誰?」
 彼女は、なにを言ったのだろう。ブレイヴは兄と妹を見る。他の騎士たちもとっくに顔をあげていて、どよめきが起こっている。
 絶対的な王の力で支配されていたこの場が変わりつつある。白の王宮では国王派と王女派で分断されているという。馬鹿げているとブレイヴは思った。聖騎士を裏で操っているのも王女だという噂話に怒りを覚えたのも、これがはじめてではない。だが、これはそういった類の話ではなかった。彼女はわかっている。そう、彼女だけが、見破っていたのだ。
「いいえ。わたしにはわかる。兄を偽るあなたはそう……わたしと、おなじ」
 王は声をあげて笑った。その場にいるほとんどの者が呆然としていた。乱心、いや狂乱したのは己ではなく、妹姫であるかのように王は哄笑する。
「なかなか面白い余興ではあったぞ。だが、お芝居もこれで終いにしようぞ」
 王は高らかに天へと両の手を掲げた。それは祈りの仕草にも似ていた。王の身体を光が包んでいる。それはやがて閃光となりて、光の洪水がブレイヴを襲った。とっさにレオナを庇ったものの、守れていたかどうかもわからない。目を開けることも叶わず、そのとき大地が揺れた。
 体勢を立て直す前にブレイヴの耳に届いたのは、獣の咆哮だった。なにが起こったのか。あれこれと考えるよりも己のその目で見た方が早かった。
「これは……」
 つぶやきはすぐにかき消される。竜だ。誰かが叫んだ。ブレイヴの思考が止まった。









 誰もが目を疑い、これは夢なのかそれとも現実なのかと、自身に問うただろう。
 赤い全身を覆う鱗だけを見れば爬虫類のそれと変わらず、だが大きさはまるでちがう。いななき、主人を置いて逃げようとする馬を止めても無駄だ。動物は本能に従う生き物であるし、だからこそあれが危険だと読み取っている。全身を支える脚の太さは四つ足の動物よりも大きく、両の腕だけでも簡単に人間を壊せる。いまは閉じているが、翼を広げさえすればその巨体を持ちあげて飛行が可能だなどと、考えたくもなかった。
 そう、ここまでは自身の知識と想像を掛け合わせたものに過ぎない。
 騎士らがまだ子どもの頃に母親の膝の上で読みきかされた絵本のなかにて、竜はそのせかいでのみ存在していた伝説の生き物である。
 真っ先に動き出したのは白騎士団だった。騎士フランツ・エルマンが雄叫をあげる。銀の剣を持った騎士らはイレスダートが精鋭の騎士団である。たとえ戦う相手が人間ではなかったとしても、臆することはない。
 しかし、どうだろうか。彼らはたしかに人間であらば強い分類に称されるが、鱗には銀の刃も届かなければ、流星が如く降り注ぐ矢にしても目眩ましにもならない。折れた槍を捨てて、剣で戦おうとする勇敢なる騎士を獣の爪が襲う。背後から襲撃を試みた騎士らは尾の下敷きとなってもがいている。仲間を助けようと必死の攻撃をつづける騎士は、獣の叫びひとつで吹き飛ばされてしまった。
 ブレイヴがそれらをただ呆然と眺めていたのはわずか数呼吸のあいだだったものの、動けなかったのは紛れもない恐怖からだった。異形の獣を前にして、足が竦んだのもまともな人間のする反応だといえるだろう。竜と対峙するのはこれが三度目、グラン王国を目指してモンタネール山脈を越えようとしたそのとき、突然に襲われたのが最初だった。竜のなかでも比較的小型な飛竜でも獰猛な獣とおなじ、強靭な爪や牙は簡単に人間の肉を裂き、骨を砕く。こちらの持つ武器など竜にとっては子どもの玩具さながらに、さらに厄介なのは高位の魔道士が放つ魔力でさえ竜の鱗には阻まれてしまうことだ。
 あのときは、と。ブレイヴの唇が動く。グランの王女セシリアの助けがなければ切り抜けられなかった。つまり撃退しただけで、竜の命を奪ったことにはならない。竜を殺すなど、本当に可能なのだろうか。
「見て……!」
 ブレイヴの腕のなかで彼女が叫ぶ。獣は蹂躙の時間をたのしんでいるかのように見える。白騎士団につづいて加勢していた他の騎士団も、攻撃が通じないと知ると徐々に後退していった。
「竜の姿になっても、理性や感情が残っているというわけですか」
 まるで独り言のようにセルジュが言った。たしかに、あの山脈で襲ってきた飛竜たちには人間のような理性があるとは思えなかったが、その次に相見えた竜はそうではなかった。竜の谷にて、地の底で老いた竜は声こそは発しなくとも、言葉を理解することはできたし、会話も成り立っていた。だが、それは相手に敵意がなかった場合の話だ。ブレイヴは混乱のなかで彼らの姿を探す。アイリスとアステア、彼女がここにたどり着いているならば、二人も近くにいる。
「公子、このままでは」
「わかっている」
 白騎士団を筆頭に騎士たちは懸命に戦いながら、獣をすこしずつ王都から引き離している。ブレイヴたちがまだ無事なのも、あれに攻撃を加えていないからではない。ここにいる人間をすべて殺したあとに、あの獣が次に壊すのは王都だ。
 フランツ・エルマンは要人たちだけに留まらず、市民をも安全な場所にあらかじめ避難させているはず、それもこうなってしまえば逃れるところなど、どこにもない。
「セルジュ、アイリスを探してくれ。彼女を」
「まって」
 獣がふたたび咆哮する。耳が先に使いものにならなくなりそうだ。風圧で吹き飛ばされた騎士らを竜は睥睨へいげいする。利き腕を潰された騎士がのたうち回っている。必死の攻撃も抵抗も虚しく、はらわたを食いちぎられた者を見て、それまで攻撃に加わっていた部隊の指揮官が退却を命じた。けれども、それは賢い選択ではなかったかもしれない。獣は、誰一人としてここから逃さない。
「い、いけない……っ! あれはっ!」
 飛び出して行きかねない彼女の腕をブレイヴはけっして離さなかった。頬に鋭い痛みを感じたのはそのときだ。何か針のような尖ったもので刺されたときのような、いやちがう。これは風が熱を帯びているのだ。
 防御態勢に変わった獣を前に、いまが好機だと思ったのだろうか。騎士たちは一斉攻撃をはじめる。逃げろ、と。ブレイヴの声は騎士たちには届かない。獣の脅威はどんな鉱物よりも強靭な鱗や爪だけではなかった。心臓は二つ、胃は三つ。普段は使っていない胃のなかに火を飼っているというが本当かどうか知らない。だが、この目で見ればそれが真実であったのだと、否応がなしに理解しなければならなかった。獣はゆっくりと口を開けた。退却を叫ぶ声は、もう間に合わなかった。
 そこら一帯が焼け野原となった。まともに業火を浴びた者は最初からいなかったかのように、髪の毛の一本すら残らなかった。そして、彼らはようやく現実を思い知るのだ。獣の前では人間など赤子同然なのだと。
「こんな芸当が可能なのは姫君だけでしょうね。私では、無理です」
 軍師は至って冷静な声をする。ブレイヴは失笑しそうになった。勝機は、ない。けれどもブレイヴにはセルジュの言わんとする言葉がわかる。
「でも、まもらなければ……っ」
 もう十分に守られている。彼女の力がなければブレイヴもセルジュもとっくに灰と化していた。間近にいた者たちが助かったのも宮廷魔道士たちが力を尽くしたからだろう。さすがはフランツ・エルマンと称するべきか。魔法障壁は騎士たちをずっと守っていたのだ。
「セルジュ、行ってくれ。ルダの力が必要だ」
「正気とは思えませんね。相手が人間ならまだしも一人で戦うおつもりですか? それに、」
 セルジュは途中で声を止めた。ブレイヴもすぐさま絶望することとなる。見つかった。獣の叫声は歓喜のようにもきこえた。うまく隠れていたつもりではなかったが、獣は彼女を見失っていたらしい。それも、もうおしまいだ。レオナの魔力に竜は気がついてしまった。
 ブレイヴは剣を抜き、セルジュは風の魔法を放った。
 残しておいた最後の魔力だったのかもしれない。竜巻は次第に大きくなり、しかし獣の前ではほとんど無意味だった。体力の限界もいいところだったのだろう。そのまま倒れ込んだ軍師の身体ををレオナが支える。守るべきものが二人に増えた。
 エディが貸してくれたフォルネの剣は扱いやすかった。イスカの剣よりも小ぶりだが手にはすぐ馴染んでいる。だが、強度でいえば心許ないのはたしか、どこまで持ってくれるだろうか。
 思考はそこで遮られる。巨体の割には獣の動きは素早い。爪の攻撃を剣で受け止め、弾き飛ばされたところで尾が襲ってくる。拷問用の鞭をしなやかに操るように、長い尻尾から逃れたとしても次は待つのは頭だ。まず、その眸に睨まれただけで身体は萎縮する。どうにか反射で避けたとしても、全身で体当たりされては人間からただの肉片へと変わってしまう。とはいえ、ここが狙い目だ。
 獣の行動様式は単純であると、ブレイヴは見た。他の騎士たちもそれに気がついたようだ。三度目の攻撃のあと、数呼吸だけその好機は訪れる。聖騎士につづけと、声がする。あれはここまでともに来た仲間たちだ。弓騎士たちは矢は竜の目を狙いつづける。渾身の力を込めて放った剣や槍が竜の鱗に傷を残す。ブレイヴも反撃に出た。
 一度は怯んだ騎士たちも、ふたたび戦いはじめた。
 白い軍服を纏うのは白騎士団だ。彼らにつづいて他の騎士団も加勢する。なんだかふしぎな気分だ。小一時間前、ブレイヴに剣を向けていたのは彼らだった。しかし、騎士たちは守るべきものを知っている。異形の獣を前にして取るべき道はひとつだけ、だから彼らは騎士でありつづける。叛乱軍も王の盾もない。そこにあるのは勇気と騎士の矜持だけだ。
 ブレイヴは獣と戦いながらも、白服のなかからフランツを探す。この獣から王都を守り抜くためには、フランツの力がいる。彼ならば、どう戦うべきかをわかっている。それはけっして過大評価などではなく、あえて声にするならば信頼という言葉だろう。 
 咆哮、そして獣はその巨体を持って大地を揺らす。炎は吐かない。そう何度もできるものなら、こちらはとっくに全滅していると、ブレイヴはそれを確信に変える。だが、竜の動きが次第に鈍くなってきた。痛覚はあるようで、攻撃よりも防御が主体の体勢を取っているのは何かの兆候か。思考は途中で遮られる。身構えようとも遅かった。飛行の可能性を疑うならば、跳躍も計算に入れておくべきだったのだ。
 獣が聖騎士を認識していたとは思えなくとも、しかし殺戮と蹂躙をたのしんでいた己の邪魔をした彼女を竜は許さない。眼前に竜の顎が迫っていた。剣で受けとめたはいいが、獣の牙にフォルネの剣がどこまで耐えられるか。動けないブレイヴをさらに獣の爪が襲う。自分を呼ぶ複数の声が届いた。ブレイヴはその終わりのときまで目を閉じなかった。だから、見てしまったのだ。彼女が自分の前に立ち、庇い、剣よりも強靱な爪の餌食となったのを。
「……レオナ?」
 茫然自失としながらも彼女の身体を受けとめた。ブレイヴの両手はすぐに赤に染まった。もう一度、幼なじみの名前を呼ぶ。瞼は開かれず、唇も動かない。ブレイヴは視線を下へとさげる。声が、息ができなくなった。
 彼女が纏う黒の長衣ローブはルダの魔道士たちから借りたものだった。特殊な糸を使って編み込まれた長衣は暑さからも寒さからも身を守ってくれるし、ただの衣服のように見えて騎士たちが身に付ける鎖帷子とほとんど変わらない代物だ。けれどもそれは、本人の魔力が十分に働いているときに限ってのこと、己を守る余裕もないままに彼女はあの爪をまともに喰らってしまった。
「これは、この、傷は……っ」
 震えが止まらなくなる。この傷は、だめだ。黒の長衣の下にはなだやかな腹部があるはずだった。ブレイヴはそれに触れた。そうしてすぐに後悔をした。
「落ち着いてください」
 セルジュの声にブレイヴは反応できずにいる。淡い緑色の光がレオナの身体を包み込む。治癒がはじまっても軍師の力だけでは治せないのは明らかだ。
「セルジュ。どうすれば、どうすれば……いい? これは、これでは……っ」
「落ち着いてください、公子」
 平常心を保てという方が無理な話だ。普通の人間ならば即死している。でも、彼女の唇が微かに動いて、それから苦痛に喘ぐ声が届いた。まだ、生きている。
「見てください。周りをしっかりその目で見るのです。いま、この状況を自身で理解するのです」
 こんなときにまで説教をするつもりらしい。獣は咆哮をつづけている。うるさい。レオナが苦しんでいるのに、何を見ろというのか。
「軍師の忠告は素直にきくものだぞ、ブレイヴ」
 ブレイヴは顔をあげた。何かの間違いかと、そう思った。しかし、己の耳に届いた声には覚えがあったし、そうして見つめた人物の顔をブレイヴは見誤ったりはしない。乱雑に括られた青髪は妹姫の色よりももっと深く、海の色と似ている。青玉石の瞳は、親しい者へ向けるやさしい光を宿している。乾燥してひび割れた唇に、痩せ細った頬は無精髭に覆われている。何年も着古したような外套はひどく汚れていて、彼の容貌は要人というよりも物乞いのようだった。
 それでも、ブレイヴにはわかる。獣が化けていた偽物などではなく本物だということを。彼が、己の主君であることを、認める。
「アナクレオン、陛下……」
「遅くなってしまった。どうか、許してほしい」
 その声は、ブレイヴが乞うべき言葉だ。彼は笑んでいた。ブレイヴからレオナの身体を受け取ると、眠る妹姫の頬をやさしく撫でた。ブレイヴが守れなかったそのひとを、どんな声を持っても償えないというのに。
「お前の目にはなにが見える?」
 王は目顔でブレイヴを誘導する。それまで彼女しか見えなかったブレイヴは、やっと周りを見た。そうだ。こんな間近にいるのに獣はそれ以上ブレイヴを襲っては来なかった。できなかったのは魔法で動きを封じられているために、あれはルダの魔道士たちの魔力だ。
「竜が、氷漬けに……?」
 アストレアの湖を数刻といえど凍らせたのはルダの力だ。竜の巨躯を氷の魔力で止める。それに彼らの力だけではない。王都マイアの宮廷魔道士たちも力を尽くしている。そのための時間を作ったのも、彼らを動かす声を発したのも王だ。ブレイヴはアナクレオンを見る。自分は妹たちとちがって魔法の才に恵まれなかった。昔、彼が零した言葉の半分が謙遜であったように思う。イレスダートの王は守護の魔法に長ける人だというのも、いまになって思い出す。ブレイヴたちを守ってくれているのも王の力だ。
「立ちあがり、もう一度剣を取りなさい」
 しかし、ブレイヴはまだ王の声に従えずにいる。彼女から離れてしまうのがこわいのだ。
「行って」
 囁くようなちいさな声が届いた。ブレイヴはまじろぐ。安心させるときみたいに無理して彼女が笑っている。傷は、ブレイヴの唇が動く。再生がはじまっているのか、それとも最初からなかったように、彼女の力が働いているのか。力なく握り返してくれたその手を、レオナは離した。
 まだ竜の咆哮がきこえる。獣が抵抗しているのだろう。魔道士たちの魔力が尽きれば、竜は再び暴れ出す。
「さて、聖騎士は竜のどこを狙う?」
「首です。いえ、喉元のあたりでしょうか。どちらにしてもそこが」
 竜の弱点だ。人間の急所と同様だなどと、安易に行き着いた考えではなく、ブレイヴはずっと獣の動きを見ていた。
「よろしい。さすがは聖騎士だ。フランツもおなじ答えを口にした」
 やはりこの人は本物だ。ブレイヴはそれに笑って応じる。地面を蹴り、向かうは古の獣のところだった。


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